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大阪高等裁判所 平成元年(く)164号 決定

少年 M・JことK・G(昭48.9.29生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○、同○○、同○○3名連名作成の抗告理由書、抗告理由補充書(二)及び抗告理由補充書、並びに同○○作成の抗告理由補充書(一)に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  処分不当の主張について

論旨は、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定は、要保護性の判断を誤っており、その処分が著しく不当であるというのである(なお、右抗告理由書等には、原決定には事実誤認があるという記載もあるが、その内容は要保護性についての原決定の判断の不当をいうものであり、実質においてすべて処分不当の主張と認められる。)。

そこで、記縁を調査し、附添人の所論及び附添人が当審において提出した書証をも参酌して検討したが、原決定が(処遇の理由)として説示するところは、所論にもかかわらず、適切というべきである。すなわち、本件非行事実は、少年が、中学生2人に次々に暴行を加えて、うち1人に加療約1週間を要する傷害を負わせ(原判示第二及び第三事実)、友人が起こした中学生3名に対する傷害事件に関し、年長少年1名と共同して、右中学生3名に対し、同人らが被害届を出さないように脅迫した(同第四事実)という粗暴犯3件と、原動機付自転車の無免許運転2件(同第一及び第五事実)であるところ、粗暴犯については、後輩から助けを求められたり、先輩のトラブルを聞いたことがその契機になっているとはいえ、いずれも犯行態様は悪質であって、後記の非行歴をも併せ考えると、少年には粗暴癖があるといわざるをえないし、無免許運転についても常習性が認められる。少年は、〈1〉昭和63年5月傷害罪により不処分、〈2〉同年10月暴行罪により保護観察、〈3〉同年12月窃盗罪により審判不開始(別件保護中)、〈4〉平成元年9月22日強盗致傷幇助、窃盗罪により不処分(別件保護中)の各決定を受けているが、右〈4〉の前の同年8月19日に第1の罪を犯し、同月30日〈4〉の件で調査官の面接を受けて間もない同年9月17日に第2及び第3の罪を犯し、〈4〉の決定を受けて間もない同年10月7日に第4の罪を犯し、更に同月18日に第5の罪の犯したものであり、保護観察処分等にもかかわらず、その非行性は深化していると認められる。その他、少年の性格や家庭環境をも併せ考えると、所論が指摘する少年の反省や父母による少年を韓国に留学させる準備等の諸点を十分に考慮しても(なお、所論は、原決定は少年の父に対する非難を中心としていると主張するが、原決定は、少年の要保護性を判断するに必要な限度で、父のこれまでの養育態度に言及しているにすぎないし、記録に照らし、原決定のこの点の説示に誤りがあるとは思われない。ちなみに、原審附添人弁護士○○も、原審に提出した平成元年11月10日付上申書で、少年の非行原因の主なものとして、第1に「父子関係における葛藤」を挙げ、「父は過干渉・気紛れ」であると評している。なお、少年は、出生以来我国で成育しており、韓国留学を積極的には希望していないことは、記録上明白である。)、少年の健全な育成のためには、この際矯正施設に収容して生活指導を受けさせる必要があると考えられ、少年を中等少年院に送致した原決定の処分が著しく不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

二  法令違反等の主張について

論旨は、原審裁判官は原審附添人弁護士○○(以下、原審附添人という。)による社会記録の閲覧謄写を拒否したが、この措置は、高裁判例(大阪高裁昭和55年3月17日決定・判例時報1007号138頁、東京高裁昭和58年7月11日決定・家裁月報36巻3号177頁)に違反し違法であるのみならず、憲法にも違反し、決定に影響を及ぼすというのである。

記録によると、本件第二ないし第四事実の事件については、平成元年11月2日審判開始決定がなされているところ(なお、第一及び第五事実の各事件については、特に審判開始決定をすることなく、同月20日に前記事件に併合する決定をしている。)、同月15日原審附添人が本件社会記録の閲覧を請求したが、原審裁判官がこれを拒否していることが認められる(謄写の請求まではしていない。法律記録371丁の少年記録等閲覧・謄写票参照。)。なお、原審附添人は結局本件社会記録を閲覧していないようであるが、同月10日から同月18日までの間に合計5通の上申書・意見書を原審に提出し、同月20日の審判期日にも出席し意見を述べているのに、社会記録の閲覧の問題については全く言及しておらず、記録上は、右機会以外に閲覧請求をした形跡は見当たらない。ところで、少年審判規則7条2項にいう「保護事件の記録」には、社会記録も含まれると解すべきことは、所論引用の各判例が説示するとおりであって、原審の右閲覧拒否の措置は、同項に違反した疑いがあるといわなければならない(原審裁判官が閲覧を拒否した理由は明らかでないが、審判期日は11月20日月曜日であり、調査官の本件少年調査票の作成日付が同月17日金曜日であることからすると、閲覧請求のあった同月15日から右審判期日までの間は、調査官及び裁判官において社会記録を必要とする事情があったのかもしれないが、附添人に社会記録についても閲覧権があると解されるのであるから、拒否した場合については、記録上その理由を明らかにしておくべきであろう。)。しかしながら、当裁判所は、附添人3名(原審附添人とは異なる。)に対し、本件社会記録を閲覧・検討して意見を提出する機会を与えたのであって、その結果を参酌しても、少年を中等少年院に送致した原決定の処分が著しく不当であるとはいえないことは、前述したとおりであるから、右法令違反は、決定に影響を及ぼすとは認められない。なお、所論は、原審の前記措置は、憲法にも違反する(31条違反をいうものと解される。)と主張するが、仮に、そうであるとしても、決定に影響しないという右結論に変わりはない。結局、この点に関する論旨も理由がない。

よって、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項、少年審判規則50条により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉田治正 裁判官 一之瀬健 安廣文夫)

〔参考1〕抗告申立書

抗告申立書

抗告人 M・JことK・G

抗告人保護者 K・O

同 N・K子

右少年に対する大津家庭裁判所平成元年(少)第1676号少年保護事件につき大津家庭裁判所飯塚宏裁判官が1989年11月20日被抗告人K・Gを中等少年院に送致する旨の決定をしたが、右決定に不服であるので抗告する。

抗告理由

1、追って提出する。

1989年11月29日

右附添人 ○○

右同 ○○

右同 ○○

大阪高等裁判所 御中

〔参考2〕抗告理由書

抗告理由書

抗告人 K・G

1989年11月30日

右附添人 ○○

右同 ○○

右同 ○○

大阪高等裁判所 御中

1 原決定は少年を中等少年院に送致にしたが、他の少年に対する処遇と量刑が重いものであり、又、少年に対して過酷な事実認定をしているものである。

2 詳細は、本日一審付添人より決定のコピーを受領したので理由の詳細については追って提出する。

〔参考3〕抗告理由補充書

抗告理由補充書(一)

抗告人 M・JことK・G

1989年12月1日

右抗告人附添人

弁護士 ○○

大阪高等裁判所 御中

一 原決定は事実誤認があり深い洞察にもとづいた判決とはいえないものである。

1 原決定は少年の父に対する非難を中心としているが、少年が在日朝鮮人であり小学校、中学校における差別や、将来における不安などが根底にあるものであり、これらの観点が全く欠落している。

2 少年が不良交友を断ち切るため、少年を韓国に留学させることも少年の更生の一つの方法である。これを一蹴する原決定も偏った判断である。

3 少年の非行事実の認定などその余については補充書(二)において陳述する。

〔参考4〕抗告理由補充書

抗告理由補充書(二)

抗告人M・JことK・G

1989年12月2日

右抗告人付添人

弁護士 ○○

弁護士 ○○

弁護士 ○○

大阪高等裁判所 御中

一、原審裁判官は、社会記録の閲覧謄写を拒否しており、このことは法令手続の違反があり憲法に違反しており且つ、判例に違反する。のみならず原決定が一方に認定した判断の最大の理由がこのことに存することも明らかとなった。

すなわち、原審裁判官は、原審付添人弁護士○○の再三に亘る社会記録の閲覧謄写の請求すくなくとも鑑別所の行動観察記録の閲覧を最低限度求めたにも拘らず原審裁判官は、頑くなにこれを拒否しつづけたものであり、これは大阪高等裁判所の判例等に違背し、違法である。

家裁の調査官の調査記録報告書、鑑別所の行動観察記録等の資料は付添人に不可欠である。

付添人側からみるなら社会記録を見せないことは、秘密のベールにつつまれてしまい果たして科学性があるのか、少年の特殊性を一方的な眼で資料が蒐集されていないが問題となろう。少なくとも右社会記録の基本的部分はノーテイス・アンド・ヒアリングの原則が貫徹されなければならない。重要なことは専門的な知識が駆使されているか否かの吟味でなく専門的な知識を駆使される前に生資料(データー)の選択がどのような事実に基づいてなされたか最低限度の吟味の機会を付添人に与えられなければ正しい審判ではないし、国民の公平な裁判所の裁判を受ける権利の侵害となっている。

少年事件において弁護土資格をもつ付添人の立場上、社会記録の閲覧の拒否は少年事件におけるデウプロセスの100%の放棄とつながる。

二、非行事実の認定について

1 〈1〉 Aに対する傷害について

原決定は一部少年の主張を認めているが少年は○○中学校の後輩である少年Gから助けを求められ、○△中学校の10人のグループ(以下、○△中グループという。)から後輩の少年Hの身柄を奪還するために○△グループとの接触をもったものである。

〈1〉 相手が大勢なのは卑怯だと考えたこと、〈2〉後輩に頼まれたら断れないと考えた。

また、少年はGから頼まれた際にも「来たら呼べよ」と指示をしただけであり、自ら積極的に「喧嘩を買って出た」わけではない。少年がAに対する暴行に及んだ直接の原因は、「逃げながら俺(少年)に対しえらそうな口をきいた者(○△中グループ)がいた」ためである。

本件の動機・経緯からすれば、少年の暴力的傾向はさほど深刻なものではない。

〈2〉 少年Bに対する傷害について

少年は、逃げた○△中グループを探し出し、再度彼らと接触しているがその際の少年の気持としてはことさら喧嘩闘争を期待していたとは思えない。なぜなら10人のグループを相手に少年が闘争に勝てるわけはないからである。少年は武器を用意したり仲間を呼びにやったりしていないのである。「・・・・・・文句を言って、とにかく話のケリをつけようと思い・・・・・・」という供述調書の記載は素直である。

本件の状況・少年の審理状態を見て殊更外にあらわれた暴行の態様の強度さが少年の暴力的傾向の強さに比例しない。少年において一点の永解があれば素直な人間に立ち戻れるのである。

〈3〉 少年Gらに対する脅迫について

少年は、何が何でも警察沙汰を避けようとしていたのではなく、怪我と言える程の怪我でもないのに病院に行っているのであればケシカランという程度のものであった。

少年Fの指の骨が折れているということを聞いたときには「それなら、(Fは)病院にいっても仕方がない」という意味のことを答えている。

この点については警察の調書には全く触れていない。

なお、脅迫の被害者である少年Gは前記1の少年Gと同一である。

三、少年の環境調整の方針について

1 原審において社会記録の閲覧謄写を許されないことは少年の環境調整の方針決定において重大な障害となっている。社会記録を見ていない限度において述べる。少年の非行の原因の主なものとしては、〈1〉父子関係における葛藤、〈2〉悪友関係の継続の二つを考えている。

2 右に対する対策として、少年の母国韓国への留学を計画している。

少年を来年4月から韓国ンウル市内の高校に留学させるべく、母の兄弟(ソウル在住)の協力の下に計画をし、既に受入れ先の内諾も得ている。

この計画は、本件発覚後に立案したものではなく、それ以前から両親が保護司とも相談のうえ進めていたものである。

韓国側の受入れ体制が整ったことについて、母の兄である韓国文教部社会国際教育局高官である○○が少年の母に宛てた手紙があるので、その写しを添付する。その要旨は、「受入れ高校の校長とも話をして、体制は、整った。但し、事前に語学の勉強が必要だからどうしても年内に韓国入りすることが必要である。」というものである。

3 従来の保護者の保護者の監護姿勢について

警察の関係調査表によれば、少年の保護者は、両親ともに「放任」とされているが、不正確である。

少年は、一時期、親戚の○○方に預けられていたが、これは両親が監護を放棄したのではない。むしろ、○○からの進めに従って積極的な一方策としてこのような方法を選んだものである。この点に関する警察の調書は舌足らずのため誤解を招きかねない。

保護者環境の調整においても、保護者の「眼を開かせる」こと、少年の「眼を開かせる」作業等が極めて重要である。(補充書に述べる)

4 警察の関係調査表によれば、少年は「怠学あり・成績不良」とされているが、これも不正確である。

少年は○○中学に進学する固い目標の下に受験勉強を頑張り抜いた実績を持っている。不幸にも右受験に失敗したため、合格発表の直後は極端に落ち込み、その後不本意に進学した○△高校では一時的な無力感から怠学傾向が目立ったが、本来的には十分な向上心と勉学意欲を持った子供である。

少年の生活の乱れは、右受験の失敗、不本意な○△高校への進学という事情とも無関係ではないと思われるので、その点についても保護者や少年本人から直接に事情を聞いて調査していただきたい。

要は、少年に1点突破の「眼を開かせること」保護者にも1点突破の「限を開かせること」により少年の更生と正常さへの恢復は抜群の効果を発揮するものである。

四、尚、詳細は、補充書において述べる。

〔参考5〕抗告理由補充書

平成元年(く)第164号

抗告理由補充書

少年M・JことK・G

1989年12月21日

右付添人

弁護士 ○○

弁護士 ○○

弁護士 ○○

大阪高等裁判所

第7刑事部 御中

一 原決定は、違法に閲覧が拒否され(大阪高決昭和55年3月17日判例時報1007号138頁、東京高決昭和58年7月11日家裁月報36巻3号177頁)、無批判におかれた社会記録に基づいて出されたものであり、認定された内容が社会記録とほぼ同一であることからみて、社会記録の内容如何によって、その結論に影響を及ぼすことは明らかである。しかるに本件社会記録は、以下に述べるとおり、様々な事実誤認、不当な評価、判断を含んでいるものであって、原決定は当然に取り消されなければならない。

二1 まず本件非行のとらえ方である。調査官○○作成の処遇意見では、本件非行、特に第2、第3の非行事実について、単なる少年の自己顕示であると断じ、これを一方的に非難する内容となっている。しかし、多人数で小人数の後輩をいじめようとし、少年が助けに姿を現した途端、少年に「あほう」などと侮辱的言辞を弄して卑怯にも逃走しようとした者に対し、強い憤りを感じるのはある意味で当然である。単純に「易怒的、爆発的性格傾向」(原決定)と決め付けるのは不当である。

確かに、少年のように暴力をもって行動することは許されない。しかし、問題は、調査官が少年に接するときに、少年の言い分に真摯に耳を傾け、心を開いて話し合おうとしたかである。同調査官の意見のように一方的に非難を少年に押し付けるようなものであれば、少年の反省の機会を逆に奪い、少年の気持を頑なにさせるものであることは明らかである。同調査官の意見をつぶさに検討しても、少年を非難する言葉ばかりで、少年に理解を示そうとする姿勢は全く窺われないのである。

2 次に、少年の反省である。この点、原決定は、大津少年鑑別所長の鑑別結果通知に基づいて、「少年が本件各非行の重大さを認識し、真摯に反省しているものとは認め難い」としている。

しかし、鑑別所の行動観察は、要するに少年が鑑別所の意に従順ではないということを繰り返しているに過ぎず、少年の心理、性格等を判断するための何らの科学性も持ち合わせていない。少年が、自己の判断に極めて正直かつ率直に行動することは、原審の○○付添人の平成元年11月17日付け意見書に記載されたとおりであって、鑑別所側からみれば、少年が可愛げのない存在(理屈っぽく、素直でない)であったことは、想像に難くない。逆に言えば、少年は納得さえできれば、充分に自己をコントロールして行動するのであって、その意味でむしろ問われるべきは、鑑別所が、少年を納得させる努力を払ってきたのか、その上で少年の行動を論難しているのか、という点である。かかる観点は鑑別結果通知には全く欠落しており、むしろ鑑別所では単なる価値観の押しつけがなされた疑いが強いと言わなければならない。

3 本件社会記録上重大なのは、家庭環境、特に父子関係に問題ありとして強調されている点である。しかし、右評価は以下に述べるとおり誤ったものである。

(1) 先ず第一に、社会記録に表れる少年と父親の関係の捉え方は極めて一面的である。すなわち社会記録上は、父親と少年の間にはあたかも強い断絶があり、何らのあたたかい交流もなされていないかのように描かれている。そして、それは父親が独善的一方的、感情的、かつ暴力的であることが原因であるとされ、原決定もそれをそのまま引き写したかのような認定をしている。しかし、実際の父親は、少年の将来を親身に考え、少年も父親の気持ちをよく理解していたのである。○○調査官の少年調査票に「父と時々サウナに行ったりして」と記載されているように、少年と父親はよく一緒に入浴し、家庭的な会話を交わし、将来について真剣に話し合ってきたのである。また、今年の9月下旬には、少年は、両親とともに韓国へ旅行に行っている(保護司○○の報告書)。このように少年と父親の関係は、決して葛藤だけの関係ではないのである。そして、少年の父親に対する素直な意識は「おこるとこわいけど普段の日は良い父です」(昭和63年4月25日施行文章完成法)というものなのである。にもかかわらず、結論においては、父子関係の良好な部分は全く無視され、ことさらに少年と父親の関係が対立したものとして強調されているのである。

そして驚くべきことに、父親と調査官の面接は後にも先にも本件非行後の11月13日の1回のみ、時間にして約1時間程度のことであり、その間に父子関係が右のとおり異常であるかのような認定がなされているのである。しかも、その面接の際、調査官は当初から、父親を不適格者であるとの予断で臨んでおり、全く父親の意見を聞こうとする態度をとっていない。そのため、父親と調査官はついに口論となり、その結果、ことさらに調査票で父親が悪く書かれる原因となっているのである。

また、右のような認定の資料は、主に少年自身の供述ないし態度であると思われるが、そこでも思春期のツッパった意識の少年のうわべだけを捉えて判断がなされていると言える。例えば、鑑別所の行動観察記録の中には、少年が父親との面会には軽率に答え、母親との面会では涙を流していた旨の記載があり、その対照から父子の対立、母子の溺愛を浮きだたせている。しかし、少年が母親との面会で涙を見せたのは、話が兄弟のことについて及んだからであって、母親と面会したことが原因ではないのである。逆に、思春期の少年が父親と話すときぞんざいであるのは、少年に限らず普通にみられることであって何ら特別視するものではない。実際、父親自身、そのときの少年の態度を何ら普段と違ったものには感じていないのである。

(2) また、父親が、時には熱心過ぎるほどに自己の価値観を少年に期待した面があったことも事実である。

しかし、ここで看過してはならないのは、日本的価値観では簡単に理解できない韓国の価値観である。すなわち韓国においては、儒教のため上下関係が非常にはっきりしており、子が親に、年下が年上に反抗的態度をとることは絶対に許されない行為なのである。親からみれば、当然子は親の言うことを聞くものであって、反抗はありえないのである。父親は、生まれて以来、そのような教育を受けて育ってきた人である。確かに、そのような価値観は間違っているということは簡単である。しかし、これは民俗・文化の問題であって、日本的尺度を少年家族に単純に押し付けることは、傲慢以外の何物でもない。仮に、父親にその考え方の問題点を考え直させるにしても、右のような文化の違いという背景を充分に理解した上で、説得に努めるべきものであるが、社会記録上「韓国の家父長制」というような言葉は散見されても、実際にそのような配慮は全くなされていない。「互いに冷却期間を置くことで、保護者、特に父親との関係改善を図る」(鑑別結果通知書)などは、それこそ独善的であると言わざるを得ない。

第二に、少年の場合は韓国人であり、日本における教育、生活において差別的待遇等の状況を目の当たりに経験して、不平等感を行動に暴発させていることである。この視点に重点をおいて少年に対し配慮すれば非行を防止できたのである。

4 右以外にも、社会記録には事実誤認が多々存在する。

例えば、調査官の処遇意見欄に父親と母親の葛藤が激しかったかのような記載があるが、その具体的内容は全く不明であるし(両親は、良くある夫婦喧嘩はともかく、そのようなことを言われても思い当たるところはないと供述している)、それが少年の非行とどのような関係があるか全く明らかにされないまま不利益な材料として認定されている。

また、少年は家出少年であるとされているが、実際にはほぼ毎日家に帰っていたのであって、現に少年自身が自分を家出少年であるとは考えていないのである。そして、少年は鑑別所において1日も早く家に帰りたいと切望しているのである(この少年として余りにも当然で正直な心情を、反省のない証拠とされてしまってはいるが)。ここには、少年を何がなんでも典型的非行少年に仕立て上げようとする調査官の意図すら感じられるのである。

三 少年は、今回がはじめての逮捕・鑑別所送致であったが、そのまま少年院に送致されてしまっている。これは、本件非行事実第4の事件の原因となった傷害事件(本件第2、第3の事実より明らかに悪質である)を起こした直接の実行者であるD君が、2回目の鑑別所送致でなお社会内処遇の手段が取られたことに比しても、著しく均衡を失した処分である。

これは、少年が鑑別所において、自己の気持に素直に行動したこと、調査官、鑑別官の予断と偏見に基づいて、少年自身、そして少年の環境が誤解され、社会記録にその旨の記載がなされたからにほかならない。

先にも述べたとおり、少年は、自己の考えに極めて正直にかつ率直に行動する性格である。知能も決して低くはない。

また、家庭環境も充分に恵まれており、両親の努力も期待できる。決して、両親と少年を隔離することが解決になるものではない。両親は少年の将来のため様々な可能性を模索しているのである。特に時として差別に苦しむ立場に置かれかねない(そして現に置かれてきた)少年の将来を案ずるとき、両親の思いは必死である。少年院送致は、そのような両親の努力を水泡に帰し、両親の希望を奪ってしまうものである上、かえって少年の将来に悪影響を与えるおそれが大きい。

少年については、社会内において、その更生を考えるべきであり、少年院送致の原決定は著しく不当である。

よって、原決定を取り消し、事件を家庭裁判所に差し戻されるよう求める。

〔参考6〕原審(大津家 平元(少)第1676号、6494号、6971号 平元.11.20決定)〈省略〉

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